2011年04月18日

書評

Don Etherington, Bookbinding & Conservation: A Sixty-Year Odyssey of Art and Craft
Oak Knoll Press 2010年刊 英語 ハードカバー 156頁

 英国に生まれ、のちに米国で書籍・紙資料の保存修復の専門家および製本家として活躍したドン・エザリントンの自伝が、カラー写真多数を含む大型本として昨年刊行された。エザリントンは『製本と書籍修復に関する用語辞典(Bookbinding and Conservation of Books: A Dictionary of Descriptive Terminology)』(現在は電子版がウェブ上で公開されている)の共著者としても名高い。

 1935年、ロンドンに生まれたエザリントンは、13歳のときにセントラル・スクール・オブ・アーツ・アンド・クラフツで製本を習いはじめ、16歳から7年間の徒弟奉公契約を結び、大手印刷会社の製本部門で働いた。途中2年の兵役を挟み、23歳で一人前の製本家として独立。1960年から2年ほど英国有数の書籍修復家ロジャー・パウエルとピーター・ウォーターズの工房の助手として働く一方、美術系の大学で製本を教えはじめる。彼の人生の転機となったのは、1966年フィレンツェ大洪水の際に、世界各地から駆けつけた専門家とともに大量の被災資料の保存修復活動に参加したことだった。
 1970年に家族とともに渡米、ウォーターズらと米国議会図書館の保存修復部門の立ち上げに携わり、フィレンツェ大洪水の経験を生かした新たな手法として保存箱の導入を提唱、従来のラミネート加工に代わるポリエステルフィルム封入法の開発にも手を貸した。1980年からはテキサス大学ハリー・ランソム・ヒューマニティーズ・リサーチセンターに移り、保存修復部門の設立に参加。1987年からは図書館製本会社インフォメーション・コンサヴェーション社に加わり、保存修復工房を創設(のちのエザリントン・コンサヴェーション・センター)。米国内のみならず、世界各地でさまざまな歴史的文書や貴重書の保存修復活動に従事してきた。2005年、70歳でエザリントン・コンサヴェーション・センターを離れたあとも、学校やワークショップなどで製本と書籍の保存修復について教えつづけた。

 バーナード・ミドルトンの Recollections: A Life in Bookbinding(2000)と並び、きわめて珍しい「製本家の自伝」の1冊である(ちなみにミドルトンはエザリントンの盟友でもあり、本書に序文をよせている)。エザリントンは本書の中で60年におよぶ製本家人生を淡々とふりかえっているが、英国の伝統的な徒弟制度のありようや、フィレンツェ大洪水後の資料救出活動の様子、数々の貴重資料の修復作業の実際などが経験者の目で語られているのはたいへん興味深い。また、渡米後、議会図書館を皮切りに、各地で次々に現代的な保存修復プログラムを立ち上げ、発展させ、大勢の人を育てていくさまは、米国の書籍修復保存活動の歴史そのものと重なって読める。その八面六臂の活躍ぶりには敬意を覚えずにはいられない。仕事に関する記述が大半を占めるなかで、時おり挟まれる私生活の話は平凡でさほど面白いものではないが、52歳のときにカナダの製本家モニク・ラリエと出会ってひとめで恋に落ち、互いに離婚して結婚するに至るくだりは、唯一ドラマチックなエピソードであり、何ともほほえましい。巻末にはエザリントンがみずからのデザインで制作したルリユール作品50点あまりが1頁1点のカラー図版で収録され、優れた製本家としての側面を伝えている。


(市川恵里)
posted by 東京製本倶楽部 at 09:55| Comment(0) | TrackBack(0) | books | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする